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幸せの定義

2017年おなりました。

明けましておめでとうございます。
今年は自分の中にあるテーマを持って過ごしたいと思っています。そのテーマというのは『能力の解放』です。

わたくしの魂は伸びやかに軽やかに、この世界を楽しみたいと思っている。ですが、わたくしが今世で宿った肉体、そしてそこに刻まれた祖先の記憶、やり方はある意味真逆な「こうでなければならない」という質を持っている。

ある意味、拘束にも近い、こうしなければならない、伝統とはこうあるべきだ、という枠を超えていくこと。それがわたくしの今回の生の中で持ってきたテーマの1つでもあるのです。

魂の本質

軽やかさとは真逆の「こうでなければ」という質を持ちながらも、わたくしの魂の本質にある目的は他者への奉仕なのだそうです。
ちょっと前の記事にも書きましたが、ある望みを持ちながらも自分では何もしようとしない輩のことを正直、「一回死ねばいいのに」と思っておりました。(今でもそうですが笑)
それがこのオペレーションをすることで、そこに向かって行動できる自分になることができるならば、自分の望んだものを達成でき、そこに向かって進め、その方も周りも幸せだわよね、と思うのですよ。

その方が本来は持っていた魂の本質に戻る感じ。
面白いですよね。

ある意味、修行も何もなくそうした自分を手に入れることができる能力を提供することがわたくしにとっては肉体の囚われを超えていくことに繋がる。

だって、1番そういう事はしてはならないと思っている肉体に入っているのだもの、わたくし。
しかし、そこを超えて魂の欲求、『この人生を120%楽しむ』というためには咲ききりたいわけで、そのためには自分の能力を出し切ることが必要で、それを留めているのが先祖からの囚われというプログラムなのですよ。

面白いですよね、人生って。

幸せの定義

フロイトは人間の幸せは「快楽」によって得られるといい、アドラーは「権力の追求」によって得られると考えた。
『ビジネスマンの父より息子への30通の手紙』というベストセラーを書いたキングズレイは「達成感」と考え、何かしらの目標を決めて達成したときに幸福感を味わうとしている。

わたくしは『本当の欲望』に向かっている時、人は幸せなのではないかと考えるのです。手に入れる、というよりもそこに向かう過程そのものが、既に幸福感を得ていると考えます。

だから、その方が本当にやってみたいと思っている、そのことを実現するために生きれたら幸せだろうにな、と思うのですよ。
ただ、そのためには「私はこうあるべき」という枠を超えていかないとならないこともあるでしょう。
人が羨む成功像や幸福ではないかもしれません。
騙していた自分を明らかにして、それを実現していかないとならないかもしれません。
それでも、そこへ向かってみたい、行動してみたい、やってみたいのだ!と思う魂に向けてこのオペレーションをしてみたい、というのが今のわたくしのやりたいことです。

では、魂の欲求、欲望とはなんなのか。

これについて、またお話ししていきましょう。

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