いつからこの水祭りは
始まっていたんでしょうかね。淡路~安房の国(館山)~
竹生島・滋賀~足摺~熱海
~ドイツ~熱海・三島~
今回の六甲
始まっていたんでしょうかね。淡路~安房の国(館山)~
竹生島・滋賀~足摺~熱海
~ドイツ~熱海・三島~
今回の六甲
あちらこちらで符合が
重なって
よくわからないけれど
そうなのか…ということが
起こってくる
今回は何となく
前から六甲の磐座に
行きたいですねーと
言っていて
調べてくれた仲間が
前回の柿田川に繋がるらしい、と
いう話をしてくれて
なるほど、ドイツの水を届けるのかと
最後が六甲比咩神社だね、と
言いながらスタート
いつも旅はノープラン
なんとなく、
ここかな、というところや
現地で入ってくる情報から
行くところが決まっていく
この旅を通じて学ばせていただくことが
あります
それは、自分の中の感覚を信じて
行動していくこと、です
以前でしたら、プランが決まってないことに
不安、というかこんなことでいいのか?
という思いがありました。
が、私がこうでなくては、を
手放した時に参加している皆様にとっての
最善が起こる、ということを
最初の淡路で体験してから
私がすることは、如何に自分の頭で
ここがいい、という決めつけを
しないでおくかどうか
いかにフリーな状態を作れるかどうか、
ということを意識しています。
もう1つ、自分の感覚で決める、ということ
適当に決めていいはずがないです。
どこででも、そうですが
「あ、そこに行きたい」にフラグがちゃんと立って
反応できる自分であること。
私は別に何かの声が聞こえたり
見えたりすることはありません。
だから、次はあそこね!とか
一切ない
何のために行くかもわからない
どこに行くのか、言ってくれればいいのにと
ボヤいていた私にひつきさんがこんなことを
言ってくれました
「言われると行かなきゃ、になるけど
言われないから、行きたいところに行く、に
なるんちゃいます?」
本当だ!
私の上の人たちはスパルタです。
そんな情報1つもくれないで
ドイツのときもノルディナウ行かなかったら
ドイツに行った意味半減、とか言うし。
言ってることもわかる。
私は言われたことしかしないから。
(言われたことはやるんだよね笑)
だから、本当にリアルRPGです。
町の人に聞いて、
宿屋の主人に聞いて、
情報を得て判断する
でもね、その時にちょっとした違和感や
些細な変化に気がつけるかどうか
あ、これだ!にきづけるかどうか!
なんですね!
自分の気になる!がちゃんと発動し
それに従って行動できるかどうか
行きたくても
行くためには時間を作らないとならない
お金を工面しないとならない
人にお願いしないとならない
色んな面倒があります。
これを面倒だと思わないでできるかどうか。
感じるだけではダメなの。
いいと思ったら行動もしないと。
でも、自分の思いだけで周りを見てない
調和の取れてない行動はワガママです。
自分の思いだけで
家族ほって出かけてないですか?
面倒見てくれてる人達を
当たり前だと思ってませんか。
それをさせて頂いている帳尻は
合わせてますか。
一緒に行ったツグミちゃんが
翌日、4時に起きて早番のお嬢さんの
お弁当を作る、と話していて
そんなことを思いました。
感じた次の行動、
その質を上げよ
そんなことを思った今回の磐座巡り
まるでおとぎの森のようでしょ?
—–
この記事へのコメントはありません。