あの言葉が止めているかも?
「ありがとう」
「大丈夫」
「きっと意味がある」
私たちは、
つらい現実に出会ったとき、
この言葉で自分を支えようとする。
それ自体は、やさしいこと。
でも——
もしそれが、
本当の違和感を
“消すため”に
使われているとしたら?
感情を“なかったこと”にしていない?
うまくいかない。
報われない。
しんどい。
そんなとき、
本当は心の奥で
「違う」と感じているのに、
その声を聞く前に、
「ありがとう」で上書きしてしまう。
それは、
感情を癒しているようで、
実は“遮断”している状態。
現実は、打ち消しても変わらない
現実は、
思考 → 感情 → 行動
というシンプルな流れで
立ち上がっている。
だから、
出来上がった“結果”だけを
言葉で消そうとしても、
出どころが同じなら、また同じ形で現れる。
「ありがとう」で消す人生は、
同じ世界を、
少し違う形で繰り返す。
本当に変えるべきは、ここ
変えるべきは、
起きた現象ではなく、
• どんな前提で生きているか
• どんな言葉を自分に使っているか
• どんな世界を“当たり前”としているか
ここ。
違和感は、間違いではなく“合図”
違和感は、
あなたを苦しめる敵じゃない。
本来の位置からズレているよ、
というナビ。
それを、
「ありがとう」で消してしまうと、
ナビは聞こえなくなる。
祝福の言葉は、逃げ道じゃなく“増幅装置”
「ありがとう」は、
消すための言葉じゃない。
良いものを、
より強く育てるための言葉。
前提が変わったとき、
その言葉は
現実を“消す”のではなく、
育てる力になる。
最後に
もし今、
「ありがとう」と言いながら
心のどこかが苦しいなら。
それは、
あなたが
間違っているのではなく、
前提が、もう合っていないだけ。
そこから、
人生は変えられる。
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