ここまで読んで、
こう思った人もいるかもしれない。
「でも私は、
ちゃんと伝えたくて
何度も推敲してます」
「整えることって悪いんですか?」
って。
違うのよ。
整えることは、悪くない。
むしろ大事なの。
でもね。
整える人と、ズレる人は
“整えている場所”が違うの。
ズレる人は、
他人の目に合わせて整える。
どう思われるか。
嫌われないか。
賢く見えるか。
売れそうか。
外に合わせて削ったり、
足したりする。
整える人は、
自分の感覚に合わせて整える。
本当は何を言いたいのか。
余計な言い訳が混じってないか。
自分の温度と合っているか。
内側に合わせて磨いていく。
ここ、決定的に違うのね。
推敲=ズレ、じゃない。
外基準で直すとズレる。
内基準で磨くと深まる。
私は食べ物日記を
何も考えずに出してたわけじゃない。
「これ、本当に私が感じたこと?」
っていう確認はしてた。
でも、
「これで人が来るかな?」
は一切思わなかったのね。
この差。
整えることは、
誠実さ。
ズレることは、
迎合。
似ているけど、
エネルギーは真逆。
だからね
何度も書き直す人が悪いんじゃない。
自分に近づくために
書き直しているのか。
他人に近づくために
書き直しているのか。
ここだけ。
世界観って、
外に合わせた瞬間に薄まる。
内側に合わせ続けたときだけ、
濃くなる。
この自分の感覚、
「内側基準」ってどう育てるか、
知りたいですか?
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