― ルミノーススが触れているもの ―
「もっと一瞬一瞬を、幸せだな、豊かだなって感じながら生きること。」
蒼師匠のこの言葉を聞いたとき、
私は「それって、結局“美”の話なんだな」と思いました。
美って、特別な何かになることじゃなくて、
この世界の中で、ふと立ち止まってしまうような瞬間に、
自然と気づいてしまうものだと思うんです。
光がきれいだな、とか。
風が気持ちいいな、とか。
この場所、なんだか落ち着くな、とか。
そういう「感じる力」そのものが、美の感性で、
それが戻ってくると、人生は勝手に豊かになっていく。
でも今の私たちは、
あまりにも“考えすぎる世界”に生きていて、
感じる前に、判断してしまう。
立ち止まる前に、急いでしまう。
幸せになるために、何かを手に入れようとして、
綺麗になるために、何かを足そうとして、
気づけば、自分の内側から離れてしまう。
ルミノーススで私がやっていることは、
実は「綺麗にする」ことではありません。
もっと正確に言うなら、
その人が本来持っている“感じる力”を思い出せる状態に戻すこと。
顔を触れているけれど、
触れているのは肌や筋肉だけじゃなくて、
その人の緊張、思考、役割、我慢、
そういう“無意識に背負ってきたもの”の層です。
多くの方が施術のあとに言います。
「なんだか、自分に戻った感じがします。」
「静かになりました。」
「視界が変わった気がします。」
それは、綺麗になったからというより、
“余計なものが一度、外れた”だけなんです。
私たちは本当は、
幸せを感じる力も、
美しさを感じる力も、
最初から持っている。
でも社会の中で、
不安や恐れや役割に慣れすぎて、
いつの間にか、
自分で自分を緊張させ続けてしまう。
「こうしなきゃ」
「ちゃんとしなきゃ」
「間違えたらどうしよう」
その状態で、どれだけ外見を整えても、
どれだけ正しいことを学んでも、
本当の意味での“美”には触れられない。
蒼師匠が言っていたように、
幸せになるために必要なのは、
幸せに気づく力です。
問題が起きない人生をつくることじゃなくて、
何が起きても「大丈夫な私」に戻ること。
そうなると、不思議と、
大した問題は起きなくなっていく。
女性が綺麗になる、というのは、
誰かに褒められるためでも、
誰かに選ばれるためでもなくて、
「私は、もう大丈夫だな」って、
自分の中で思えるようになること。
その感覚が戻ると、
自然と表情が変わり、
空気が変わり、
言葉の質が変わり、
周りとの関係まで変わっていく。
だから私は、
女性は、自分で幸せになれる存在だと思っています。
誰かに幸せにしてもらう必要はなくて、
ただ、自分の感性を取り戻せばいい。
綺麗になるって、
本当はとてもシンプルで、地味で、静かなこと。
でもその効果は、驚くほど大きい。
自分を感じられるようになると、
この世界は、
思っていたよりずっと優しくて、
ずっと美しかったことに気づきます。
ルミノーススは、
その「気づける状態」に戻るための、
ただの“入り口”です。
何かを変える技術じゃなくて、
何かを足す技術でもなくて、
思い出すための時間。
美しさって、
なるものじゃなくて、
戻るものなんだと思います。
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