現在地を認めたあの日
私が私自身に感じていた
これが私だ、
という像がはっきりと
変わったのを感じた。
このブログでも
何度も書いている
「本当の私はすごいんだ病」
重症患者だった私は
心のどこかで
本当の私はもっとできる
もっとすごい、
って思っていた。
だから、
人の話を素直に聞けてなかった。
言われたことができなかった。
今、周りを見ていても
かつての私のように
言われたことが全くできない
人たちを見ていると
「重症患者だな」と思うんだ。
だけれども
この病気の特徴は
セルフイメージがアホほど低い
なのに
クソみたいなプライドに
しがみついているという
厄介な構図になっている。
だから
自分なんて、という
セルフイメージの低さが
あった。
だけれども、
そのストーカーの彼に
「お前はこうだ」と言われ続けて
それに抵抗していたのが
「そうよ、それが私よ、だから何?」
と開き直った途端。
自分とそのセルフイメージが
一致する、という体感があったんだ。
自分のことを
自己卑下も過大評価もしない、
等身大の自分自身に
なった、と思えた。
そうしたら、
それまでそのストーヵーの彼に
毎日戦いながらも
「何されるかわからない」という
怖さから
別れることも
出ていくことも
できないでいた私が
「何してたんだ?私?」と
その日のうちに出て行った。
全く、怖くも何もなく
ただ
こんな場所に自分を置いて置けない。
その気持ちだけで
あっさりとその家を出て行った。
それは
派手なことではなくて
本当に静かな変化だったんだ。
(つづく)
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