「内側基準で整える」
って言われても
それが何なのか、
曖昧な人もいるかもしれないですね。
内的基準ってね、
強い意志とか、
揺るがない自信とか、
そういうことじゃないのね。
もっと静かなもの。
“私はこれが好き”
“私はこれは違うと思う”
その、小さな感覚。
でも多くの人は、
その感覚が出た瞬間に
上からかぶせるの。
「でも一般的には…」
「でも専門家はこう言ってるし」
「でも売るにはこう書いた方が…」
その“でも”が、
内的基準を曇らせる。
内的基準って、
最初はすごく繊細。
声も小さいし、
理屈もない。
でもね、
そこを採用し続けると、
だんだん強くなるの。
私は食べ物日記で、
ずっとそれをやってた。
誰かが美味しいって言っても、
私がそうでもない!
と思ったら、それを採用!
自分の感覚を、
疑わなかった。
これが、内的基準。
内的基準がある人の文章は、
読んでいて、すん、とする感じ。
そして
揺れない。
揺れないから、
読む側が安心するんじゃないかな。
人はね、
情報よりも、
安定に惹かれる。
内的基準って、
「私はこう感じた」を
そのまま置ける力。
正しいかどうかじゃない。
自分にとって本当かどうか。
これが整うと、
売ろうとしなくても
世界観が滲み出る。
そしてね
内的基準は、
作るものじゃないのね。
思い出すもの。
次は、
どうやってそれを思い出すのか
そこらへんを書きましょう。
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