ただの食べ物日記。
レビューもない。
専門性もない。
集客導線もない。
なのに、
なぜか人が来た。
こんな感じのメッセージを
ここに書いて、とか
そんな戦略も何も
そんなの1ミリも
やってなかった。
なのに、なんで?
私ね、
ずっと不思議だったの。
だって、
ホント何もしてないんだもん。
集めようともしてないし、
響かせようともしてない。
でも、今ならわかる。
あの頃の私は、
何かを「得よう」として
書いてなかった。
承認も、
評価も、
売上も、
なにも目的にしてなかった。
ただ、
自分が書きたいことを
美味しいものを食べて
これ、美味しかったよ!って
自分の感覚を、
自分でちゃんと味わって
書いていたんだ。
美味しい。
まずい。
好き。
テンション上がる。
もう行かない。
その一つ一つが、
ちゃんと本音だった。
たぶんね。
人は、
本音で生きてる人を見ると、
安心する。
うまく書こうとしてないし
選ばれようとしてない。
ましてや、ちゃんと書きなきゃ
なんてサラサラない。
そこに、
変な緊張がないから
きっとスルスル読めたんだろう。
私の文章は、
うまくなかったと思う。
でも、
ズレてなかったんだな。
ズレてないって、
どういうことかというと
自分の感覚を裏切ってないってこと。
自分が違和感感じること、
一切やらなかったから。
人はね
うまい文章より、
ズレてない文章に惹かれる。
(トトの観測)
売り込まなくても来るって、
テクニックじゃない。
自分の感覚を、
自分で信じてるかどうか。
それだけ。
今はエネルギー使うから
更によくわかるよ。
当時の私は、
「誰かにどう見られるか」よりも、
「私がこれをどう感じたか」
のほうが大事だったのね。
書いてあることと
私の心にズレがない。
違和感の周波数ではなかったの。
一致してたんだよね。
これが、
人が来た理由、だと思ってる。
でもね。
ここからが面白い。
“ズレないで書く”って、
実は簡単じゃないと思うの。
多くの人は、
ここでズレる。
なぜか。
次はそこ、いこーかね。
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