こんにちは、林ゆう子です。
先日教えて頂いたADHDのためのサイトを熟読しておりましたらね、手帳管理が苦手…というスレッドがあって、まあ盛り上がっていましたね。そうなんですね、手帳。
色んな手帳術を試みてみましたが、どれもダメでしたね。
面白いのは「持って歩きたくなる手帳かどうか」ということが結構重要ポイントであるというところ。本当にそうなんですよね。機能重視のものは気持ちが萎えるので買ってもほぼ使わない。今の手帳は手帳カバーが気に入っているので、使っていますが手帳として使っているのは月刊の見開きのページがほとんどで、一応1日ごとのページもあるのですよね。そして時間とかはそちらに書いて、そちらを使うように習慣づける…とものの本にも書いてあるのですが、これがねぇ。
書くのを忘れる、
書いても見るのを忘れる、
書いたことすら忘れる、
とサイトのコメントにありましたが、いや、本当!と膝を打ちたくなりましたよ。ええ、皆さんの涙ぐましい努力を聞いて(読んで?)あーー、世の中には同志が沢山いらっしゃるのねと思いました。1日ごとの詳細のページはすべてメモと化しています。
忘れてしまう、を分析すると…
自分の傾向を省みてみると無意識で「嫌だ」と思っていたものを脳が全く認知しなくなるということが起こるようです。
いけませーん、ああもう、これはご迷惑になるから、自分の心に嘘・偽りなく、少しでも嫌だと思ったら、大人げなくてもお断りしないとなりませんね。
うわー、こうして考えてみますと本当、ちょっとでも「嫌だ」と思ったことは予定でも仕事でも脳からぽっかりと消えてしまっているようです。確かに…。手帳に書いているのに何故、忘れたのだろう?とその時はとても悩んでおりましたが、そうか…嫌だったからか…。
その傾向は俄然ここ数年でひどくなってきていますね。昔はもう少し嫌でもできていましたが、今なんて本当に無理なんだな、と諦めに近い心境で「やれやれ…」と心の中で呟いておりますよ。
ああ、本当に無理なのね、わたくし…。
書いていて、結構ショックでございます。
ガーーーーン!!!
結構、酷いやつではないですか、わたくし?
(→え?いま、そこ?と思ったそこのあなた様。すみません…)
そうかー、そういうことだったのかー。うーむ。本当に心してやるやらない、行く、行かないは決めないとダメですね。もう少し、大人だと思っておりました…
楽しいものについては…
ADHDの行動基準は楽しいかどうか。非日常を求めるそうです。
楽しいものについては、確かにストレスレスで色んなことがどんどんと決まっていきますね。仕事も早いです。やろう!と思ってから形にするまでもとても早いですもんね。
わたくしの楽しい、は不確定要素がある…ということなのかもしれません。何が起こるかわからない、その場のワクワクで選択していくことができる要素。だから、料理では冷蔵庫開けたときにあるもので作る、ありもの料理が一番楽しいですし、講座などもタイムテーブルを決めるよりも概要をざっくりと決めておいて、思いついたことをやるほうが、内容が数倍よくなります。
なるほど、自分の脳の特性を考えてみますと、本当にそうですわ…
普通の方は怖いことなのかもしれません。先を決めてないとどうなるのだろう?という不安が出てくるのかもしれませんが、多分、この特性の方々は結構ワクワクしちゃうのでしょうね。だから、災害時とかにまさにスイッチが入る、ということがあります。
311の時、わたくしは足の悪い母と母の友人と横浜の元町のホテルで食事をしておりました。1回目の揺れのときに、これはまずい!と思って、母などは怖くてもう食べれない…と言っておりましたが、わたくし、残りの料理を食べれるだけ食べた記憶があります。だって、次いつ食べれるかわからないですもん。
2回目に揺れがくるまでの間に出口の確認と足の悪い母をあそこまで連れていけないから、出るとしたら窓だな、とか使える男性はどこになるのかとか目視で確認してましたね。そして、お客様だけでなく厨房の方も全員避難になったときに、自分の緊急スイッチが全部オンになったのがわかりました。わたくしのアラームが急いでこの場を離れろといってましたので、おばさまに車を出してもらうようお願いしてもらい、その場をすぐに離れました。わたくしの頭には津波の絵がずっと出ていたので…。
海の近くのホテルだったので、一刻も早く離れたいと思ったのですね。横浜は土地勘があまりなく、大きな道を進んでましたが、渋滞していて、すでに首都高は止まっていましたし。途中ガソリンスタンドでトイレを借りましたときに、進んでいた道を横に横切る道があって、「こちらに行ってください!」とおばさまにお願いしました。道は全くしりませんが、当時の古いナビを見て、この道にいきましょう、と言ってましたね。
道は最後はミラーをたたまないと通れないような狭さになって、大丈夫か…という感じだったのですが、最後に出たところがなんと第三京浜の入り口だったのです。全く、そこを目指そうなんて思ってもいなかったのですが…。入り口が開いているのかわかりませんでしたが、×印が出てなかったので「いってしまってくださいー」と何か言われたときはその時、と高速に入ったのですね。
そうしましたら、一台も車が走ってないのです。本当に一台も…そこから実家そばの出口までは10分もかからず、結局16時前には実家に戻ってきておりました。後日、同じ頃に横浜にいて被災した方は帰るのに7時間はかかった…とおっしゃってましたが、わたくし1時間半くらいで帰れたことになるのかしら。
運転してくださったおばさまは実家から通常20分のお家までの道のりが6時間かかったそうです。
多分、こういう不確定要素がある時に謎の行動力、判断力が出せるのもこの脳の特徴なのでしょう。不謹慎な言い方をすれば実際、災害時なんて最高の非日常ですからね。能力マックスの発揮になるのでしょうか。
仕事のやり方
仕事の仕方も1つのことを仕上げてから、次をする…ということがとても非効率なのです。今時の方々は知らないでしょうが、昔はコンピューターはシングルタスクで1つのことを終わらせて、また違うソフトを立ち上げる、という状態でした。Windowsができてマルチタスクになった時に心の底から喜びました。自分の仕事のスタイルというのが、まさにマルチタスクでメールを打ちながら、パワーポイント作って、エクセルで計算して…と同時に幾つかの仕事を思いつきで切り替えながらやるほうが圧倒的に効率が良かったからです。
これに気づいた時に自分の脳はちょっと人とは違うようだ…とは思っておりましたが…
その頃から思っていたことは定型作業は向かない、ということ。スーパー単純作業は反対に瞑想状態に入りやすいのでいいのです。封入作業とか…。流れや形が決まっているものを毎回やるというのが飽きる。今あるものをより良くする、とか続ける…という発想がないというか、そこに出せるパワーが全くないんだということが仕事をしていく中でわかっておりました。
だから、同じことをしなくてはならないようなビジネスモデルは無理。常に新しいことをやっていないと自分がパフォーマンスを発揮できないし、面白くない。
あー、こうしてみると本当になんというか、企業にずっと勤めていなくて良かったのだな…と思いました。いや、勤めたのが外資系で本当に助かった…ということでしょう。あの時、一応最も日本的な銀行とかも受けていたのですが、面接で絶対嫌われるようなことを言ったので(お茶汲みとかやりたくないって)しっかり落とされましたが…(爆)
わたくしはそういう意味では無意識に自分の特性を認識して、それに合う道を選んできていたのだな、と振り返ってみますと心から思いました。
だから、その人の特性がわかり、苦手な部分は極力しないで自分にあったやり方を見出せれば、相当にパフォーマンスは上げられると思っておりますよ。
会社勤めで仕事に何もやる気がでない、とか興味がないという方々はそれでも、それを楽しくできるような工夫をしないとならないと思います。待っていてもそれは変わらないから。わたくしはコピーとりのような単純作業はゲームのように考えておりました。どれくらい早く、どれくらい綺麗にとるにはどうしたらいいか、とか考えたり。どうやってやるとこの時間を短縮できるか、とか考えてやってみたり。
仕事にそれができない場合は周りに無理やり、自分の中のアイドルを作って、その人に何回出会えたかとか、話したとか、そんなくだらないことをしておりましたね。
まあ、自分を楽しませる工夫をする、というのがこの脳の持ち主には大切なファクターなのだと思いますよ。だから、そのためにも自分は何が楽しいのだ、ということを知らないとならないのです。それは人にはわからないことなので、自分で探してみてください。
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