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茅野日記155:綺麗になる、ということ

― ルミノーススが触れているもの ―

「もっと一瞬一瞬を、幸せだな、豊かだなって感じながら生きること。」

蒼師匠のこの言葉を聞いたとき、

私は「それって、結局“美”の話なんだな」と思いました。

美って、特別な何かになることじゃなくて、

この世界の中で、ふと立ち止まってしまうような瞬間に、

自然と気づいてしまうものだと思うんです。

光がきれいだな、とか。

風が気持ちいいな、とか。

この場所、なんだか落ち着くな、とか。

そういう「感じる力」そのものが、美の感性で、

それが戻ってくると、人生は勝手に豊かになっていく。

でも今の私たちは、

あまりにも“考えすぎる世界”に生きていて、

感じる前に、判断してしまう。

立ち止まる前に、急いでしまう。

幸せになるために、何かを手に入れようとして、

綺麗になるために、何かを足そうとして、

気づけば、自分の内側から離れてしまう。

ルミノーススで私がやっていることは、

実は「綺麗にする」ことではありません。

もっと正確に言うなら、

その人が本来持っている“感じる力”を思い出せる状態に戻すこと。

顔を触れているけれど、

触れているのは肌や筋肉だけじゃなくて、

その人の緊張、思考、役割、我慢、

そういう“無意識に背負ってきたもの”の層です。

多くの方が施術のあとに言います。

「なんだか、自分に戻った感じがします。」

「静かになりました。」

「視界が変わった気がします。」

それは、綺麗になったからというより、

“余計なものが一度、外れた”だけなんです。

私たちは本当は、

幸せを感じる力も、

美しさを感じる力も、

最初から持っている。

でも社会の中で、

不安や恐れや役割に慣れすぎて、

いつの間にか、

自分で自分を緊張させ続けてしまう。

「こうしなきゃ」

「ちゃんとしなきゃ」

「間違えたらどうしよう」

 

その状態で、どれだけ外見を整えても、

どれだけ正しいことを学んでも、

本当の意味での“美”には触れられない。

蒼師匠が言っていたように、

幸せになるために必要なのは、

幸せに気づく力です。

問題が起きない人生をつくることじゃなくて、

何が起きても「大丈夫な私」に戻ること。

そうなると、不思議と、

大した問題は起きなくなっていく。

女性が綺麗になる、というのは、

誰かに褒められるためでも、

誰かに選ばれるためでもなくて、

「私は、もう大丈夫だな」って、

自分の中で思えるようになること。

 

 

その感覚が戻ると、

自然と表情が変わり、

空気が変わり、

言葉の質が変わり、

周りとの関係まで変わっていく。

だから私は、

女性は、自分で幸せになれる存在だと思っています。

誰かに幸せにしてもらう必要はなくて、

ただ、自分の感性を取り戻せばいい。

綺麗になるって、

本当はとてもシンプルで、地味で、静かなこと。

でもその効果は、驚くほど大きい。

自分を感じられるようになると、

この世界は、

思っていたよりずっと優しくて、

ずっと美しかったことに気づきます。

 

 

ルミノーススは、

その「気づける状態」に戻るための、

ただの“入り口”です。

何かを変える技術じゃなくて、

何かを足す技術でもなくて、

思い出すための時間。

美しさって、

なるものじゃなくて、

戻るものなんだと思います。

 

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