Loading

BLOG

普段を過ごす

この週末もずっと熊本を初め
九州にいる方々のことを
考えたりしておりましたが…

こうしたときに
必要以上にナーバスになり
可哀想、大変だ、どうしよう、
というような気持ちを
向けないようにしています。

彼の地にいる友人を思い浮かべ、
「大丈夫、彼女から乗り越える」

そう、強く思い
少なくても、寝ているときは
熟睡できて、疲れが癒されるよう
願ったりしています。

私は何かが起こったときに
その可哀想なほうに
極力フォーカスを向けないように
しています。

「なんて可哀想なんだろう!」と
思うことで、可哀想にエネルギーが
行ってしまうから。

でも、これも役割分担だと
思っているのです。

何かあったときに
その気持ちに寄り添って
一緒に涙するフェーズも必要。

ただ、泣いているだけでなく
前を見て進む役割も必要。

だから、事態が少し落ち着いて
「これからのこと」を考えていくとき
私ができることはなに?
をしたいと思っています。

だから、今日、この日は
いつものようにご機嫌さんで仕事をする

いつものように友達と語り
食事をし
ご機嫌でいることを許す

私がご機嫌でいることを許すことで
人がご機嫌でいることも許します

そのエネルギーが
新しい美しいものを生み出します。

ご機嫌に仕事をして
蓄えたものを必要なときがきたら
そこに手に渡るようにしたいです。

だから、私たち
普通に、いつも以上にご機嫌になるよう
そのエネルギーが
復活のエネルギーとしてサポートできるよう
過ごしたいと思うのです

image

—–

出来なくてもやる、という習慣

感性を高める理由

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

CAPTCHA


PAGE TOP