Loading

BLOG

大いなる循環

淡路への旅

10月の半ばから主人の母のお世話をするために、滋賀は米原にずっと滞在していた私です。自分の実家に帰るよりも気が置けない、楽な不思議な場所。主人の母との関係もそんなことで気を使わないで入れるのはありがたいことです。

 

 

しかし、そうは言ってもやっぱりくたびれていたみたいで、29日は1日身体ごとの勉強会でしたが、くたびれ加減が半端なかったのでありました。自分でもこんなにくたびれていたとは…とびっくりでした。

 

 

そのくたびれの中、29日の夜に新神戸まで移動して朝早く、淡路に向かって出発。なかなかなハードスケジュールです。

 

 

ある講座の一環として今回の農業体験は企画されていたのですが、いや、この体験は深かったのでここに皆さんとシェアしたいと思います。

 

芋掘りの中で

前日入りした方々は前の日は稲刈りだったのですが、手作業で鎌で稲を刈って積んで…という作業をされていたようです。この日は芋掘りです。

 

最初に畑の説明がありました。

 

 

美しい、本当にピカピカした畑が広がっています。
ここは自然農を実践しているところで、本州から移住してきたというまだ20代の青年、通称いも太郎さんが畑について説明してくれました。

 

 

畑というと同じ作物がずーーっと続いているような風景を思い浮かべますが、ここでは畝ごとに作物が違います。これも手間なようで実はとっても理にかなっているということを教えて頂きました。

 

 

例えば、カブの隣は人参、その隣は小松菜…というように畝によって違う作物が植えられています。これはその作物につく虫が違っていて、ある植物にとっては害虫も違う植物にとっては益虫となるからなのです。

 

 

 

自分はその害虫を追い払う力がなくても、例えば人参の葉っぱの香りが嫌いで寄らなくなるとか自分以外のものの力を借りて、それを近づけなくすることができるのです。凄くないですか?

 

 

ここに共依存の関係があるのです。

 

 

そして、害虫と闇雲に駆除したり、排除するという考えがない。お互いに任せ合うことでそこに虫達も共存していく世界が現れているのです。

 

 

 

人参畑と蕪畑で間引きをさせて頂きました。引っ付くように生えているものの1つを抜いてあげる作業。これも初めはあえてくっつけて育てることで、お互いが競いあって伸びていく、ということが行われるのそうです。そして時期を見計らって、片方を抜いてあげることでより育成を促していく。

 

 

畑から抜いたばかりの人参も蕪も土をはたき、ついていても甘くて美味しい!葉っぱもむしゃむしゃ食べました。えぐみもなくてこれまたおいしい!

 

 

野菜に力があるのを感じます。

 

 

畝では歩き方も要注意、踏むことでフワッフワの土が硬くなり、環境が激変してしまうのです。だから、踏み込まないように注意深く歩きます。

 

 

さあ、そしてさつまいも掘りです。

まずはさつま芋の蔓を鎌で刈ってよけます。これは後で使うので大事に取っておくのです。

 

そして、その下を丁寧に手で彫っていきます。

 

注意深く掘っていくと、あっちにもこっちにもお芋さんが隠れています。まるで宝探しです。そして掘り上げてみるとなんて素敵な鮮やかなマジェンダ色のお芋さん!
めちゃくちゃビビッドで美しい。

 

 

 

土はつけておいた方がいいのです。日持ちが全く違うそうです。

掘ったお芋は丸1日〜2日は天日に干しておくと甘みが増すそうです。

 

 

 

楽しい!土がフワッフワでいい香り。
関東の畑は家畜の糞が肥料として巻かれているところが多いように感じますが、自然農ではそうした糞をまくと微生物が死んでしまうのだそうです。

 

一握りの土に何万という種類の微生物がいるそうですが、農薬を使うとそれが数種類に減ってしまうのだそうです。

 

 

この微生物が空気中の必要なものを取り込んで作物に与えて行ったり、土を肥沃にしたり、様々なことに力を貸してくれている。そうしたことを農薬を撒くことで、人間は受け取ることができず、そして自力で虫を駆除しなくてはならなかったり、肥料を与えたり、ということをしなくてはならなくなるのです。

見えないものたちの力

 

自分以外の力を借りれば、自分は自分ができることをやるだけでいいのに…

 

それはとても大きな気づきでした。
農業という実体験を通じて、私の中にまだまだある自分でやらなければ…という思いで色んなことに関わってきたな、ということを感じさせられたのです。

 

 

 

この美しい畑を見ていて思い出したことがありました。

 

 

それは数年前にドイツに行った時のこと。

 

 

「神の雫」というワイン漫画に唯一出てくるドイツワインのワイナリーを訪ねたときのことです。そのワイナリーは結構山の上の方にあり、ふもとから歩くとまあまあな距離があったのですね。
上がっていく前に上を見るとピカピカに光った美しい畑がありました。なんて綺麗なんだろう、と見惚れるほどに。

そして訪ねて行った私たちに親切にあれこれ説明してくれ、試飲させて頂き、購入!という段になったら現金のみ対応ということで、なけなしの現金を出し合って、1人2本買えるのがやっとだったという悔しい思いをしながら…このワインは素晴らしい!と日本語で言っていたのがオーナーに通じたのか、帰りは駅まで送ってくださいました。

 

 

その途中でワイン畑を見せてくださったのです。

 

 

その畑が下から見ていたときに感動したあの美しい畑だったのです。

通訳の方にお願いして「この畑は他の畑と全然違う。とても輝いていて美しい。こんな素晴らしいものを作ってくださってありがとう」と言ってもらったのです。

 

 

それに対してオーナーは「私たちだけでありません。ここの土地、畑にいる微生物や様々な存在や私たちの祖先、様々な力が合わさってこれができているのです」というようなことを通訳していただく前にそのイメージが私の中に流れ込んできて、涙が止まらなくなった、ということがありました。

 

 

 

まさにそのワイン畑と同じような畑を今回見ることができました。

 

 

人が自分だけの力で何かをするのではなくて、大自然の循環の一部としてその流れの中に入ることで大いなるものを受け取ることができる。

 

そうしたことをまた教えて頂いた体験となった1日でした。

 

 

 

 

まだ20代だといういも太郎さん。写真よりも実物の方が好青年です。
農業の素晴らしさ、自然農の素晴らしさを広めていきたいと淡路に移住されて活動してしている方です。

 

 

こういう方々がいるということに、日本の将来はまだ大丈夫だと安心させてもらったようにも感じました。

 

 

 

 

今日、2日日に当てたさつま芋を蒸して頂きました。

素朴な甘さで、美味しかった。久しぶりにお芋食べたわー。

 

縁起コンサルお客様の声

肩書はありません。

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

CAPTCHA


PAGE TOP