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11.どちらが正しいではなく

こんにちは、林ゆう子です。

前回のタクシー運転手さんの例えが絶妙でツボだった…と言われてちょっと嬉しいです(笑)
わたくしも本当に色々、いろいろ、経験したといいますか自分を使って実験したといいますか、なるほど…こういうことなのか…と思うことが沢山ありました。

 

反対にこれはどういうことなのだろう?と思っていることも沢山あります。未だにこれはそういうことだ、と思えないことも沢山あります。このシリーズでは現実創造に対する深いたった1つの真理について色んな角度から自分の体験、経験をもとにお伝えしています。

 

皆さんはこんなご経験をしたことはありませんか?

何かを学んでいる時に例えば「あれ?今まで学んでいたことと違う?」とか「あの先生と言っていることが違う?」とかいうことに出くわさないですか?そしてどっちが正しいのだろうか?と混乱したことってないでしょうか。

昔、鍼灸をしていた友人が言っていた話があります。鍼灸を習い始めたばかりの人たちが混乱することがあって…というお話。例えば、A先生は胃腸の調子を治すときにAというツボに鍼を打って、とっても効果がでています。でもB先生は胃腸を治すのにBというツボに鍼を打ち、効果を出しています。そしてAとBは真逆の効果というようなツボの場合、一体どちらが正しいのだろう?と混乱してしまう…というお話。

 

この場合、どちらが正しいのではなくてどちらの世界観を採用しているのか、というお話。A先生はAというツボが効くというルールを採用している。B先生はBというツボが効くというルールを採用している。じゃあ、自分はどちらの世界観(ルール)を採用するのか?ということなのです。

こういうことって何かを勉強していると往々にしてあることです。それに対して、どちらが「正しいのか」という見方をすると混乱したり、前に進めなくなってしまうことも多いように思います。ある意味どちらも正しいし、どちらでもいい…なんだとわたくしは思っております。
(まあ、こっちが正しい!とか言う方もいらっしゃるでしょうが…それが無駄な争いなのかしら)

人によっては「A先生が正しい」「いやB先生が正しい」と争ったりすることもあるでしょう。そういうこと、不毛だと思っています。だから、あなたが何かを学んでいる時に周りでそういうことが起こっていても、なるほど、そういうことかーと俯瞰してみて、自分はどちらのルールを採用するかしら、と思ったらよいのです。

 

わたくしのスタンスはあくまでも自分たちの小さな頭で考えていることは宇宙の理の全てをわかっているわけではない…と思っておりますので、今は色々聞いた中のこういう考えを<自分は>採用しているけれどもあれ?こっちのほうがいいかも…と思ったら、あっさりと変更するということ。

それくらい柔軟でいいわ、と思っております。

こちらの記事でも書きましたが、現実創造で一番強いのは自分が自分に対してする評価です。自分が自分に対してどういうことを思っているのか…ですね。それは自分にもですが、自分を取り巻くこの世界について、もです。

5.現実創造で一番強力なことは

ですから、こういうルールなのだ、と思ったらそれが発動するわけです。厄年だから何かあるかも、というのを採用したらそうなるし、前回書いた大凶方位を踏んでしまったから、こんな目にあっているんだ、と思ったらそうなっていくのです。

だから、自分に都合のいい情報を採用するということでいいのではないかと<わたくしは>思っているわけです。ええ、あくまでも自分は…です。そんなことではダメだ、この世界のルールはこうなっている、とおっしゃる方ももちろんいらっしゃるでしょう。そして、その方の世界はそのルールに則って動くのだと思います。
(もっちろん、ルールがあるものもあるんですよ。それを採用しないとね、というものも。それくらいは自分の頭で考えようね)

 

自分が採用したいルールを採用したらいいと思うのですよ。ただ、ここにはそのルールについての<絶対の信頼>が必要になるのでしょう。

 

例えば、こういうことです。

わたくしが今のマンションに引越しした時、気学の世界では最大凶の方位を踏んだというのが事実です。(その方位にいくことを踏む、とか方位を取る、とかいいますね)でも、わたくしは最大吉方位に来たと思い込んでいたわけです。→ここ重要
それでも身体の調子が悪くなったり、状況、環境が変わったりしていました。これはもしかすると凶方位の影響だったのかもしれません。

ですが死んでもおかしくない、と言われてましたが死なずに生理痛がひどくなった、ということ。会社辞めて収入が減りましたが、それに変わる自由な生活を手にいれたこと。彼と別れてまた大変な人を引き寄せてしまったけれども、そのおかげで今、こうして語れる経験ができたこと。しばらくは経済的に苦しい時も続いたけれども、そこそこ稼げるようになっていたこと。

そして、神様のおためしです。
本当は最大凶方位への転居だったことを知らされるわけです。どうする?事実はそうだったのよ、それをどう思う?という場面。わたくしの選択は「そうまでして私をこの地に呼び寄せたかったのか、土地神様は…」という解釈を採用。これ、本当に単純にそうしよーと思ったのです。
今、思うと色んなことが飛躍的に変わったのはあれからだったかもしれません。

 

だから、自分の思いのほうが強いというのです。
ただ、心に心配を持ちながら、自分の思いのほうが強いから大丈夫、と<思い込もうとする>のはちょっと違うのですよ。エセポジティブがダメなのと同じです。

そんな心配があるくらいなら、そこにあるルールを最大限に活用したらいいと思うのですよ。例えば、気学は吉方位にいくとポイントが溜まり、たまに凶方位にいっても相殺されるというルールがあります。だから旅行とかをいいポイント溜めにいくーと思っていけばいいのです。風水で運気をあげる、と思ったらそのルールに則って場を整えて、これで大丈夫!という思いを強化したらいいのです。厄年が気になるなら、ちゃんとお祓いしてもらってこれで安泰!という思いを強くしたらいいのです。

ものごとを見る時、どちらが正しいかではなくて、どちらを採用すると自分は心が楽で自由な感じがするのか…ということで選んでいます。これはあくまで<わたくしの場合>の話。そして、心が楽だというのと面倒臭いことをやらない、というのは同義語では決してありません。

面倒だけれども、そのルールに則って場所を整えた時、これで大丈夫、という心の解放があったら、そっちのほうが断然いいわけです。面倒だからやらない、という選択をしていつも心のどこかで大丈夫かと気にしているよりは。

 

林ゆう子の相談室、現実創造の講座、セッションはこちら
http://ideacube.jp/

10.本気のお任せ、なんです

12.何もしない人

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