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痛みの奥にあること

今月も結構あちこちに
行ったり来たりしています。

大阪から戻ってすぐに
母が人工関節の手術をするので
手術の日に横浜の病院に
行ったのでした…

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手術前はとっても元気で
手術したら問題がなくなる、と
思っていたんだろうな~

でも、麻酔から醒めた母は
信じられないくらいの
激痛に言葉が出ないほどに
全身を強ばらせていてね

そのときに
ある先生に遠隔ヒーリングって
出来ますか?と
見るに見かねてお願いをしたんです。

そうしましたらね
「痛みに関しては
お母様のハイヤーセルフが
これはどうしようもないもので
周囲や本人の人生観や価値観から
くるものだ、と言っている」という情報を頂きました。

そうなんですよね。

痛みや問題があると
それをどうにかして欲しい、と
思っちゃいますよね。

なくして欲しい、と
思ったりしますもんね。

でも、それを通じてみる必要のあるもの、
考えないとならないことが
そこにはちゃんとあるんだよな、
ってことを改めて思いました。

とはいえ、痛みはあるから
私が母のカルマも浄化できる
最善の行動をしていきます、と
宣言したものの…

今度は私の腎臓が痛くなる、
という目にあってしまい(苦笑)

まあ、それはいいのですが…

物事って
嫌だとか、関わりたくない、
見たくない、って思って
それを避けていると
結局のところは違う形で
それが戻ってくるってことに
なっているんだよな…と
思いました。

母とはそれから
まだお見舞いにいけてないけれども
メールのやり取りをしている限りは
なんだか、
少しずつ、前向きな発言が
多くなっている?と
思っています。

人工関節にして
楽に歩けるようになった~って
言えるようになったらいいな

ああ、しかし…
痛みがひどいときに
「それは怒りが溜まっている」とか

「女性性を認めて」とか

わかったようなことを言われると
イラっとしますよね。

いや、これも誰に言われるか、
なのかしら…

この先生に言われたときは
「ですよね、私もそう思いますもん」
って思いましたがね。

同じ言葉でも
どこから発している言葉なのかで
感じ取るものは全然違うんだな

でも、この一件で
私の手伝いながら
母が見て行くテーマが
少しでもクリアーになって
状態が楽になってくれたら
嬉しいよな、って思います。

80近くなっても
まだまだ学びの途中なんだね…

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—–

チカラを抜いてやりたいことをする…

間違いたくない、が変化を止める

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