妹にエネルギーを送る時も、
「絶対に治って!」
とは思わない。
実はこれ、
エネルギーを使う時に、
結果を最大限にするための
大切なコツのひとつだと思っている。
「こうならなければならない」
と結果を握らないこと。
できることをしたら、
あとは委ねる。
私はこのエネルギーに出会っていて
本当に良かった、と心から思ったことが、
ここ数年の間に何度もある。
その中でも最大級の出来事が起きたのは、
2024年11月25日。
その日私は、
前日まで名古屋にいて、
翌日からは長野へ出張する予定だった。
その合間で、
たまたま東京にいた。
朝、
携帯電話が鳴った。
電話がかかってくること自体、
私には珍しい。
出ると、
別居中だった主人の会社からだった。
「ご主人が脳出血で倒れて、
救急搬送されました」
緊急手術になる可能性があり、
家族の承認が必要だという。
別居していても、
書類上はまだ妻だったから、
私に連絡が来たのだ。
急いでタクシーに飛び乗り、
三宿病院へ向かった。
タクシーの中では、
「止血」を意識してエネルギーを送り、
仲間にも、
「今こういう状況だから、
エネルギー送って!」
と連絡した。

実はその前日、
ちょっと不思議なことが起きていた。
主人からもらった
ルビーの指輪。
そのルビーだけが、
指輪から外れて無くなっていることに、
新幹線の中で気づいたのだ。
「えっ……」
と青ざめた。
何億円もするような石ではないけれど、
私にとっては大切なものだった。
早朝、
仲間に連絡して、
「Laboに落ちてないかな?」
と探してもらっていた。
すると、
「あったよ!」
と連絡が来た。
その直後だった。
主人が倒れたという電話が入ったのは。
病院に着き、
脳外科へ通された。
ところが。
ん?
なんか皆さん、
私への対応が微妙だぞ。
ああ。
そういうことね。
私はこういう時、
妙に勘がいい。
大抵のことは、
空気で分かってしまう。
主人が倒れた時、
一緒にいて救急車を呼んでくれたのは、
彼女さんだった。
なるほど。
私はすぐに、
「大丈夫ですよ。
私は書類上の妻なので、
気にしないでください」
と周囲を安心させ、
状況を聞いた。
幸い、
その時点では出血は止まっており、
緊急手術はしなくてよくなっていた。
脳外科の先生から説明を受けた。
主人が事実上一人暮らしであることを伝えると、
「この先、一人で生活するのは
かなり大変かもしれません」
「長期的に病院や施設で生活する可能性も
考えておいてください」
というような話をされた。
その話を聞いた時。
多分私は、
うっすら笑っていたと思う。
だって、
心の底からこう思っていたから。
「私がついてて、
そんなことになるわけないでしょ」
と。
不思議なことに、
この時の私には、
不安も、
恐怖も、
心配も、
ほとんどなかった。
そんな事情を知らない先生から見たら、
「この奥さん、
なんで笑ってるんだ?」
と思われたかもしれない。
鬼嫁に見えただろうな(笑)。
私は脳の知識なんてない。
だから先生に、
ひとつだけ質問した。
「先生から見て、
この状態がどうなれば
一番良い状態なんですか?」
画像を見ると、
左脳にはかなりの出血があり、
脳室にも血液が入りかかっているという。
先生の説明では、
そこまでいくと危険性が高くなる。
しかも左脳なので、
言語や運動に関わる領域にも近く、
助かっても、
大きな後遺症が残る可能性がある、
という話だった。
でも私は、
その「可能性」の話を
未来の決定事項としては受け取らなかった。
普通だったら、
「そんなことになったらどうしよう」
と、その言葉が頭の中をぐるぐる回るのかもしれない。
でも私は、
「いや、
そうなるとは限らないし」
くらいにしか思っていなかった。
それよりも、
先生が言葉で説明してくれる中から、
「医学的に見て、
どうなれば良い状態なのか」
そこだけを拾った。
そして、
その“良い状態”に向かうように、
エネルギーを送った。
あとはもう、
今できることをして、
待つ。
それだけ。
幸い、
主人には意識もあった。
私を見つけた瞬間、
明らかに嫌そうな顔をしたので、
「〇すぞ、オイ」
と一瞬思ったことは
内緒である(笑)。
まあ、
私を認識できているなら、
それはそれで良し。
その後、
彼女さんとのやり取りとか、
お見舞いに
何人もの女性が来るとか、
なかなか面白い話もあったのだが、
そこは今回は割愛する(笑)。
私はその後も、
毎日必死に祈り続ける、
という感じではなかった。
思い出した時に、
エネルギーを送る。
そのくらい。
そして私は、
本当に全部、
神様に任せた。
もし麻痺が残るのなら、
それも何か意味があるのかもしれない。
もしそれによって
会社を辞めることになるのなら、
それも彼にとって
最善なのかもしれない。
そういう設定を採用した。
だから、
本当に心配していなかった。
周りの友人たちは、
「もし麻痺が残ったら、
ゆう子ちゃんが介護するの?」
と、かなり心配していたらしい。
でも私は、
全然そこを考えていなかった。
もちろん、
来られないお母様やお姉様に代わって、
必要な手続きは全部した。
遠い病院にも通った。
やることはやる。
でも、
結果までは握らない。
そんな感じだった。
そして主人は、
驚くほどのペースで状態が良くなっていった。
比較的早い段階で
リハビリ病院へ転院。
2月後半には退院し、
3月初めには、
会社へ完全復帰した。
さらに後から聞いた話では、
最初に運ばれた三宿病院でMRIを撮ったところ、
大きな痕跡が見当たらない、
という説明を受けたそうだ。
この出来事で私は、
改めてひとつのことを体感した。
私は、
結果を自分の思い通りにしようとはしなかった。
神様に任せた。
何が起きても、
それが最善であると受け入れるつもりだった。
でも同時に、
今、自分にできることはした。

その時、
「ああ。
現実創造って、
こういうことなのかもしれないな」
と思った。
握らない。
戦わない。
でも、
何もしないわけでもない。
できることをして、
あとは委ねる。
そして今回、
この文章を書きながら、
もうひとつ気づいたことがある。
これまでの私は、
こういう出来事が起きても、
「神様の力だから」
「エネルギーの力だから」
と、
どこかで
自分自身をそこから外していた。
自分がやったこととして、
ほとんど捉えていなかったのだ。
でも、
そうじゃないんだと思う。
これは共同作業なんだ。
神様の力だけでもなく、
私の力だけでもない。
その力と私が、
一緒に働いている。
そしてもしかしたら、
私が持っている大きな能力のひとつは、
神の力と自分との親和性を高めること。
その力が働ける状態に、
自分を置いておくことなのかもしれない。
だったらもう、
自分の能力まで
「私じゃないから」と
無かったことにする必要はない。
自分の力を、
ちゃんと認めよう。
私はこの世界で、
ご縁のあった人の可能性を広げるために存在している。
人を無理やり変えるのではなく、
「ここまでしかない」
と思っていた場所に、
「まだ先があるかもしれない」
という余白をつくる。
もしかすると、
それが私の役割なのかもしれない。
そういう自分であることを、
これからは、
ちゃんと自覚していこうと思ったのです。
✦ ✦ ✦
自分の可能性を、もっと自由に。
長野県茅野市を拠点に、意識とエネルギーの可能性を探求しています。
林ステラゆう子
意識のデザイナー/周波数調律師
活動やセッションについてはこちらから。
🌿 公式サイト
https://stella666.hp.peraichi.com/hokulea/







この記事へのコメントはありません。